| 文政元年(1818年) |
武田宗左衛門(校祖)山口県玖珂郡玖珂町(現 岩国市玖珂町)欽明路の武田邸内で私塾(稽古屋敷)を開設。 |
| 明治7年(1874年)9月 |
武田為十郎(校主第三代)学制発布により稽古屋敷を欽明路支校と改称。 |
| 明治17年4月 |
欽明路支校を中野口小学校と改称、村立に移管。 |
| 大正2年(1917年)5月 |
武田易太郎(初代理事長)玖珂町に大正学校(中等教育を施す各種学校)を設立。 |
| 大正6年9月 |
武田甲斐人(初代校長)呉市今西通に学校を移転、大正中等学校(修業年限3ヵ年夜間授業)と改称。 |
| 昭和2年(1927年)4月 |
文部省認可の大正中学校(修業年限5ヵ年昼間授業)と称し、下長ノ木町に移転。 |
| 昭和5年4月 |
呉商業学校を開設、武田甲斐人が校長を兼任。 |
| 昭和7年8月 |
全国中等学校野球選手権大会(夏の甲子園大会)初出場。 以後6年連続出場。 |
| 昭和8年 3月 |
全国選抜中等学校野球大会(春の甲子園大会)初出場。 以後5回出場。 |
| 昭和8年 12月 |
大正中学校を呉港中学校と改称。 |
| 昭和9年8月 |
第20回全国中等学校野球選手権大会(夏の甲子園大会)で優勝。 |
| 昭和19年4月 |
文部省令により呉港工業学校を設置。(呉商業学校は生徒募集停止) |
| 昭和20年9月 |
空襲により校舎を焼失したため、広町町田の仮校舎で終戦後の授業を再開。 |
| 昭和23年4月 |
学制改革により呉港中学校・呉商業学校を廃止して、新制度による呉港高等学校(普通科・商業科)を設置、武田武彦初代校長に就任。 町田仮校舎から長ノ木校地に帰り授業を開始。 |
| 昭和33年4月 |
広町校地に工業科(機械課程)を設置。 |
| 昭和37年4月 |
広町校地に電気科を併設。 |
| 昭和38年3月 |
第35回全国選抜高等学校野球大会(春の甲子園大会)で準々決勝進出。 |
| 昭和41年4月 |
長ノ木校地の普通科・商業科を広町校地に移転、呉港高等学校全科を統合。 |
| 昭和45年4月 |
学校法人呉港学園を学校法人呉武田学園に改称。 |
| 昭和48年4月 |
商業科の生徒募集を停止。(昭和59年に廃止) |
| 昭和56年4月 |
校舎1号館(鉄筋4階)を新築。(校長室、各教室など) |
| 昭和60年4月 |
校舎2号館(鉄筋4階)を新築。(特別教室、各教室など) |
| 平成7年(1995年)4月 |
校舎3号館(鉄筋4階)を新築。(教室、家庭科教室など) |
平成12年(2000年) 11月 |
第4回全国スターリングテクノラリー(文部科学省、経済産業者他後援)人間乗車クラス高校の部優勝(エコテック部)。 「くれオーク賞」(12月・呉市長より)受賞 「メイプル賞」(翌年3月・県教委より)受賞 |
| 平成15年4月 |
大型ソーラーカー「夢創心」完成。 |
| 平成15年8月 |
2003ワールド・ソーラーカー・ラリー「未来賞」受賞。(エコテック部) |
| 平成16年4月 |
薄井光二(第十代校長)学校改革推進。(学校方針・諸制度の見直し等) |
| 平成17年4月 |
創立記念野呂山全校登山の実施。 |
| 平成17年9月 |
秋季広島県高等学校野球大会ベスト8。 |
| 平成18年4月 |
『呉武田学園史』完成。 |
| 平成18年8月 |
空手道部10年連続インターハイ出場表彰(高体連全国空手道部より) |
| 平成18年8月 |
第47回 全日本吹奏楽コンクール 中国大会 「金賞」受賞(ブラスバンド部) |
| 平成19年7月 |
呉武田学園 歴史展示室オープン |
| 平成19年8月 |
2007ワールドソーラーカーラリー「ミツバ賞」受賞 (エコテック部) |
| 平成19年8月 |
第48回 広島県吹奏楽コンクール「金賞」受賞 (ブラスバンド部) |
| 平成19年8月 |
第74回 NHK全国学校音楽コンクール 広島県大会 中国ブロック大会出場(ブラスバンド部) |